この日いよいよ私達は3日間泊まった劔沢キャンプ場を名残惜しくも後にし、立山へと動き出しました。実働時間は8時間越え、テント場に着く時間を考慮しヒフミで出発。暗い中歩き始め、ふと横を見下ろすとそこには光り輝く富山の夜景が、、!町に帰りたい衝動を抑えてなんとかみんな山道を歩きました。輝く富山の町と薄暗い山、その山から見える星空や流れ星、とすべてが自分の目から見え、なんだか世界を征服したようなそんな気分になりながら長い道のりを歩き出しました。立山〜獅子岳〜ザラ峠と長い長い道のりを登っては下り、テン場までもう少し。徐々にみんな顔に疲労の色が見え始め、それと同時に雲行きも怪しくなっていきました。行動食が尽きてしまった部員や、トイレに行きたくてしょうがない部員もいて、みんなそれぞれが一刻も早くテン場を目指しました。テン場まであと一歩、というところでついに強い雨風が私達に吹き付け、テン場に着いた頃にはみんな疲労困憊。夕飯のパスタを素早く食べ皆、就寝しました。
台風(?)の影響でこの日は五色ヶ原に停滞することになりました。昨日の雨でみんな精神的にも参っていたのでなんとかこの日を使って体力と精神力の回復を目指します。お昼にはみんなで1つのテントに集まりそれぞれ思っていることについて話し合い、有意義な時間を過ごせました。話し合いを終え、ちょっと山荘まで行ってみるか〜と雨風が強まる中、女子で歩き出しました。思えばこのときもう少しテント内の荷物の整理をしていたら、、。山荘から帰ってきても雨と風はさらに強くなる一方でした。早くテントに入って温まりたい、そんな気持ちで少々焦り気味に女子テントを開けたその時、目の前に広がっていたのは、湖でした。あれ?なぜこんなところに湖が?女子テントの場所はここであってるはず、自分の目を疑いましたが何度確認してもここは私達女子テントなのです。「浸水」はザックも服もマットもシュラフも食糧もカメラも私達のすべてを飲み込んだのです。「ヒェヤーーーー!!!!!!!!!」皆の精神が崩壊した瞬間でした。泣き叫びながら荷物を移動させるその図はまさに地獄絵図でした。浸水は女子テントだけでなくどのテントでも苦しめられました。男子のテントは日本海だったそうです。すべての持ち物が泥水にまみれ、その夜は皆浸水地獄と寒さとの闘いでした。凍えながらなんとか一晩を乗り越えました。
昨日の疲れを引きずりながらも私達はスゴ乗越小屋へと出発しました。天気は昨日のが嘘のようによく晴れ、日差しが眩しかったです。人間は太陽がないと生きていけないなと実感しました。行程はアップダウンが激しく、山だな〜と感じました。ゴツゴツした岩や樹林帯を着々と歩き進め、お昼頃にはテン場に着き、みんな昨日濡れてしまったシュラフなどを干し、夜に備えます。スゴ乗越小屋は日本っぽくなく独特な雰囲気でとても魅力的な小屋でした。カスタネットのような民族楽器の演奏が小屋付近から聞こえてきて心地よかったです。夕飯のパスタをみんな食べ終え明日に備えて解散、、とそのとき、なんと先輩からりんごのサプライズが!感動し大喜びでみんなりんごをガリガリかじりました。疲れた身体に新鮮なりんごが沁み渡りました。りんごを身体に染み渡らせながら就寝しました。
この日は2時に起きて4時にキャンプ場を出発するいわゆるニサシでした。男女別々の隊に分かれ、まずは北薬師岳・薬師岳を目指します。キャンプ場からほど近い間山に着いた時に、これから進む道の先に大きな岩っぽい山が二つ見えました。手前が北薬師岳で奥が薬師岳だろう、意外と近いね、今日は楽に終わりそう。なんて話していたのですが、いざ登ってみると全然違う山。またその奥に大きな岩っぽい山が見えてきました。そんな絶望を何度か繰り返しているうちに、なんとか北薬師岳に到着。そこから小一時間ほどで薬師岳につくことができました。ここで大きな決断をしなければなりませんでした。当時の天気予報では、最終日前日の予報がとても悪かったのです。その日は日本三大急坂を下る予定なので、それは危険すぎる。ルートを変更するのか?という問題でした。変更すると決まった場合、この先電波の入らない場所が続くので、帰りのタクシーなどの連絡を今のうちにしなければならないのです。2年生全員で話し合った結果、安全策を取るためにルートを変更することに決まりました。もともと決まっていた高瀬ダムに降りるルートをやめ、新穂高に降りることに決めました。